地方や農村の嫁不足をいかに解決するか?
その原因から解決策まで

地方や農村における嫁不足に関する考察

嫁不足

ここ数十年来、国内の地方やそこの農村での嫁不足が巷間で深刻な問題として叫ばれている。 しかし新聞・TVなどのマスコミを通じて俯瞰してみても改善の気配が一向に見られない。 さらに言えば、結婚しない若者が増え、婚活コンちゃんといったサイトのような、 結婚相手を紹介してくれるサービスをまとめたサイトなどが人気なのが現状である。

これはそこの家庭、いや「(日本を含めたアジア圏に根強い血脈としての)家」という身近でミクロな視点から見てみると、跡継ぎができて家系を継ぐ、 そしてその跡継ぎが結婚して更なる系譜を降ろしていくという、血の存続の断絶という由々しき問題につながってくる。

後述する古風かつ伝統的な風習が現在も存続する農村社会の中で「血の断絶」は許されないタブーであり、 当事者たちが精神的に許容することが難しいものであろう(同時にこのような風習のために、適齢期の女性が婚姻を敬遠するという、 相乗的な悪循環の状態にもあると考えられる)。それと同時に1950年代以降、農村部の適齢期の男性女性とも都市部へ移住していった現実があり、 問題の深刻化を加速させていった。

また、社会的なマクロな視点から見てみると、農村の嫁不足の問題はそのまま農業人口の減少に直結し、その数字のピーク時の1960年代には1,400万人を有していたのが、 2010年代に入って300万人を切っているのが現状である。これは(本来国の基幹産業であるべき)農業の衰退と密接にリンクしているため、国のあり方という視点から見ても、 憂慮すべき問題と言える。

平易に換言すれば、一番大切な「お百姓さん」という仕事に従事する人間が大幅な減少を続けていることになり、 国の食料自給率の変化(2010年度で39%、諸外国に比較し格段に低い)という問題に深く関わっている(国の経済成長のありかたとして、 農業=第一次産業から工業=第二次及びサービス業=第三次産業への人口の移行は自然であり健康的という指摘をする学者も存在はするが、 本題から大きく逸脱するためここでは議論を割愛したい)。

 

背景と原因(ミクロ的視点)

@上記のように、地方の農村部には現在も古風で因襲的な風習が残存しており、適齢期の女性が嫁ぎ先として敬遠していることが大きな要因として 挙げられる。例えば、

  • 「配偶者の親のみならず、その祖父母・係累と同居」
  • 「(上記と関連して)個人の存在という意識が希薄であり、プライバシーが守られない」
  • 「跡継ぎ(男児)を出産しなければならないという精神的な圧力が存在する」
  • 「健康度(農作業の能力)で人間としての価値を決定される」
  • 「地元の共同体との半ば強制的なつきあいを強要される」
などである。

この空気の根強さは日本の古来から定着したものであり、かつて農業が基幹産業の地位を占めていた時代の名残であると言える。

結婚の定義は人それさまざまであるが、適齢期の女性の想定の趨勢からはいたく距離があるものと言わざるを得ない。 職業欄に「農業」という記入が躊躇されるのもここからであろう。

Aまた同時に農村出身の若年層(特に女性が) 古い世代の上記のような生活を嫌い、都市への出稼ぎ・移住を高度成長期を発端に行ったのも、農村の人口減少と背中合わせで進行した嫁不足を 加速したものである。

 

背景と原因(マクロ的視点)

@ひとつの原因として、人口ピラミッドの形状の変化である。現代の日本は、若年人口の減少と老年人口の増加が激しく、 いわゆる少子高齢化が欧米が辿ったスピードを遥かに凌ぐ急速さで進んでいる。人口構造の変化について、 いわゆる人口ピラミッドの変遷で見てみると、戦前からの健康的なピラミッド型から上記の現象の進展により現在では釣り鐘型となっている。

これは一般に男性はやや歳が若い女性と結婚することになるが(平均で五歳若いという)、この対応する女性人口の絶対的不足に至る事になる。 またこれは都市を含めた日本全体の傾向であり、農村ではこの傾向がさらに先鋭化する。

 

人口流出

A上記のミクロ的視点と重複するが、農村から都市に急速かつ大量の人口流入が発生した経緯がある。 この際に男女間の意識差・行動差があると考えられる。

男子(特に長男)は「跡継ぎ」としての定住を周囲から(場合によっては本人自身の自覚により)要求され、田畑・家屋・血脈など(総称して「家」) を守る者としての役割を担わなければいけない。

比するに女子に対してはそのような要求が存在せず、その自由さから都会へ脱出しそこで結婚をするという構図がある。 結果、農村における男女の人口比の不均衡がゆっくりと発生していく。

 

B農業という業種それ自体が持つ巷間の「ダサい」イメージの問題が存在する。卑近な物言いで、 事業の失敗あるいは会社の馘首に直面したときに「田舎に帰って畑を耕すわ」という表現をすることが少なくない。

冷静に考えれば、農業の労働生産性の低さ・現金収入が収獲時のみなどということから、農業は都市の第二次・第三次産業より遥かに過酷であり、 ドロップアウトした者の逃げ場ということにはなり得ない(かつて、「北の国から」というドラマの影響で、北海道への移住が流行したことがあるが、 大半がその生活の過酷さに都会へ舞い戻ったというエピソードを思い出す)。しかし、都会人(特に適齢期女子)の意識に「田舎⇒農村⇒負け組」の構図が定着している気配を色濃く感じる。